大判例

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仙台高等裁判所 昭和59年(ネ)98号 判決

控訴人(第一審被告)

佐藤工業株式会社

右代表者代表取締役

佐藤長兵衛

右訴訟代理人弁護士

塚田武

被控訴人(第一審原告)

東京石灰工業株式会社

右代表者代表取締役

菊地登

右訴訟代理人弁護士

川原悟

川原眞也

新里宏二

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の主位的請求を棄却する。

三  控訴人は被控訴人に対し金一〇五五万六五二八円及びこれに対する昭和五五年九月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

五  この判決第三項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張及び証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和五五年二月から同年五月までの間、控訴人仙台支店支店長と称する大場栄一郎に対し砕石等を継続的に売り渡したこと、同年七月三〇日には被控訴人と右大場との間で、控訴人が被控訴人に対し右売買代金債務一一五五万六五二八円を負担していることを確認したうえ、控訴人は被控訴人に対し、(1)同年七月三〇日限り一〇〇万円、(2)同年八月一五日限り二〇〇万円、(3)同年八月末日限り五〇万円、(4)同年九月から昭和五六年三月まで毎月末日限り一〇〇万円宛、(5)昭和五六年四月末日限り一〇五万六五二八円を支払い、控訴人が右分割支払いを二回分以上怠つたときは分割払いの期限の利益を失い、残額及びこれに対する期限の利益喪失の日の翌日から完済まで年六分の割合による遅延損害金を支払う旨約したこと、大場は右(1)の一〇〇万円を被控訴人に支払つたが、その余の支払はなされなかつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三そこで大場が控訴人の仙台支店支店長(支配人)としてその営業に関する代理権を有していたか否かについて判断する。

1  〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

右〈証拠〉中右認定に反する部分は直ちに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  控訴人は、米沢市に本店を置き土木建築請負業等を営む会社であるところ、控訴人の代表者佐藤長兵衛の高校時代の友人であつた色摩吉夫は、昭和三一年頃から控訴人の許諾のもとに、控訴人の仙台出張所の名称を用いて官公署から道路舗装工事を請負うなどして営業していた。そして控訴人は、昭和五二年八月には右色摩吉夫の営業している事務所を控訴人の仙台支店として支店設置した旨及び色摩吉夫をその支配人に選任するとともに控訴人の取締役にも選任した旨の各登記を了している。

また控訴人は、色摩吉夫が右のとおり仙台出張所ないし仙台支店として受注して行つた工事の収支を控訴人の支店の収支として貸借対照表等の会計帳簿を作成し、これをもとに税務申告を行い、また自社の工事実績のうちにも右工事を含めて取扱い、控訴人側で使用する名刺にも右仙台支店を記載するなどして、右色摩吉夫が行つている営業が控訴人の仙台支店の営業であるかのように取扱つてきたものである。

(二)  色摩吉夫は昭和五四年六月二九日死亡し、同人が控訴人仙台支店支店長を名乗つて行つていた営業は、従前から同人のもとで営業に従事していた大場(同人は色摩吉夫の妻トシ子の実弟である。)が引き継ぎ、控訴人仙台支店支店長大場栄一郎の名義で引き続き官公署から道路舗装工事を受注するなどしていたが、控訴人はその間、右名称の使用を止めるよう申入れたりしたことはなく、従前どおり大場が控訴人の仙台支店支店長として受注して行つた工事の収支を控訴人の支店の収支として貸借対照表等の会計帳簿に記載し、これをもとに税務申告を行い、依然として仙台支店を記載した名刺を使用するなど、右大場が行つている営業が控訴人の仙台支店の営業であるかのように取扱つていたことは、色摩吉夫が営業していた当時と全く同様であつた。

登記手続についても、控訴人は、色摩吉夫の死亡後も格別仙台支店の廃止等の登記手続をとることもなく、これをそのままにしていただけでなく、昭和五五年八月一日には、控訴人取締役色摩吉夫の死亡の登記手続をとると同時に、大場を昭和五五年四月一〇日控訴人の取締役に選任した旨の登記も了している(なお、本店所在地である米沢市における右選任の登記は同年七月一六日になされている。また右八月一日には、大場をあわせて控訴人仙台支店支配人に選任した旨の登記申請もなされたが、「印ちがい」を理由に抹消されている。)。

(三)  被控訴人は、昭和三五年頃から控訴人の仙台出張所の責任者、後には控訴人仙台支店支店長(支配人)と称する色摩吉夫との間で砕石販売等の取引を継続し、同人の死亡後は控訴人仙台支店支店長(支配人)と称する大場との間で右取引を継続してきたものであり、右第二項に認定の売買もその一環としてなされたものである。その間、右色摩吉夫及び大場が使用していた事務所等には控訴人仙台支店であることを示す看板がかかげられており、その従業員も控訴人仙台支店の従業員としての名刺を使用し、工事現場には控訴人名の標識が使用されており、市販の建設業者要覧等にも右色摩吉夫が控訴人の取締役仙台支店長、大場が控訴人の取締役として記載されるなどしていたものであつて、被控訴人は終始取引の相手方は控訴人仙台支店であるものと信じていた。そして被控訴人は終始取引代金の請求書の宛名も控訴人とし、その代金支払も控訴人仙台支店支店長色摩吉夫及び同支店長大場栄一郎の振出あるいは裏書の手形をもつて決済を受けていたものである(但し、右支店長名義とあわせて色摩吉夫個人名を連記した手形をもつて決済されたこともあつた。)。

なお色摩吉夫は、官公署に地元業者優先の動きが出てきたことなどから、昭和五二年九月土木建設工事の請負等を目的とするシカマ建設工業株式会社を設立し、その代表取締役となり、同人の死亡後は同人の妻色摩トシ子がその代表取締役となつたが、同社名をもつて被控訴人に資材の発注等がなされたことはなく、昭和五五年三月頃、色摩トシ子から被控訴人に対しシカマ建設工業株式会社と取引してくれるように依頼があつたが被控訴人はこれをことわつたことがあるのみであつた。

2 右認定の事実に照らすと、外観からみる限り、色摩吉夫及び大場は控訴人の仙台支店の支店長(支配人)としてその営業に関する包括的な代理権を有していたかにみることができる。

しかし他方、前掲〈証拠〉によれば、色摩吉夫及び大場が控訴人仙台支店を名乗つて営業を行つたのは、もつぱら官公署等から工事の発注を受ける便宜のため名目上控訴人の名を使用したにすぎず、実際には大場らは控訴人と全く別個独立に営業を行つており、これに控訴人の指揮命令が及ぶこともなかつたこと、前認定のとおり大場らが控訴人仙台支店を名乗つて発注した工事等の収支は控訴人に報告され、控訴人がこれを加えて税務申告をなし、税金を支払つていたものの、そのうち大場らの側で負担すべき分についての清算がなされたほかは、右両名の行う営業と控訴人の営業とは経済的にも全く別個独立であつたことが認められる。

3  以上によれば、結局大場は名目上控訴人の仙台支店支店長と称して営業を行い、被控訴人との間で取引を行つたものの、実際には控訴人の営業に関する代理権を有する支配人ではなかつたものというべきである。

四そこで次に表見支配人(商法四二条)の主張について判断する。

商法四二条の表見支配人に関する規定は、営業主が支配人でない使用人に対し本店又は支店の営業の主任者であることを示す名称を附した場合に適用される規定であるところ、そもそも大場は控訴人とは全く別個独立に営業を行つていたものであり、控訴人と同人との間に使用者、被傭者の関係即ち、同人が控訴人の使用人であるとの関係になかつたことは右にみたところから明らかであるから、右規定をもとに、控訴人に前記売買に基づく債務についての責任を肯認することはできない。

そうすると、結局控訴人に対し前記売買の当事者として売買代金の支払を求める被控訴人の本訴主位的請求は理由がないものというべきである。

五次に控訴人の名板貸(商法二三条)による責任について判断する。

控訴人が色摩吉夫に引き続き大場に対して自己の商号を使用して営業をなすことを許諾していたこと、被控訴人は取引の相手方を控訴人仙台支店と誤認して前記売買をなしたものであることは、右第三項の1に認定したところに照らし明らかである。

控訴人は、被控訴人が右大場との間の取引による売買代金の支払が遅滞に陥つて後も控訴人に連絡、照会、督促など全くしなかつたことなどから、被控訴人は取引の相手方が控訴人仙台支店でないことを知つていたものであり、仮にそうでないとしても、右誤認について重大な過失がある旨主張する。そして、前記〈証拠〉によれば、被控訴人は、大場から前記売買代金の支払のため交付を受けていた手形が昭和五五年六月頃に不渡になつた後、同年九月末に控訴人に対し債権仮差押の手続をとるまでの間、大場との間で分割払い等の折衝をなすのみで、控訴人本店に対し格別の連絡、照会、督促等はなさなかつた事実が認められるが、右事実から直ちに被控訴人において取引の相手方が控訴人仙台支店でないことを知つていたものということはできない。

また控訴人は、前記シカマ建設工業株式会社が昭和五五年八月に倒産した後、被控訴人は同社に対する売掛金債権保全のためと称して同社所有の資材額、機械等を他へ搬出し、同年暮頃同社から三〇〇万円の支払を受け、これと引換えに右機械等を同社に返還したことがあり、右事実からも被控訴人は実質的取引先は控訴人仙台支店でなかつたことを知つていたことが明らかである旨主張するが、右のような事実を認めるに足る証拠はない。かえつて前記〈証拠〉によれば、被控訴人は、右のとおり昭和五五年六月頃前記売買代金支払のため大場から交付を受けていた手形が不渡となつたため、大場のもとにあつた機械類を一時預り、その後まもなくこれを返還したが、右機械類は控訴人のものと信じて控訴人宛の預り証を交付し、また右機械類の返還を受けた大場やその従業員の側でも控訴人名義の受取証等を交付したこと、控訴人主張のごとく昭和五五年暮頃被控訴人がシカマ建設工業株式会社から金員の支払を受けるなどしたことはなかつたことが認められる。他に被控訴人において取引の相手方が控訴人仙台支店でないことを知つていたことを窺わせるような事実を認めるに足る証拠はない。

また被控訴人には右誤認について重大な過失があつたとの控訴人の主張についても、右第三項の1に認定したとおり、大場ら及び控訴人はともども大場らが控訴人の仙台支店の名称を用いて行う営業が真実控訴人の営業であるかのような外観を種々作出していた事実関係に照らすと、被控訴人が取引の相手方を控訴人と誤認したことについて重大な過失があつたものということはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

そうすると、控訴人に対し商法二三条に基づき、被控訴人と大場との間の前記取引から生じた債務として、前記売買代金残額一〇五五万六五二八円及びこれに対する期限の利益喪失の日の翌日から完済まで約定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴予備的請求は理由があるものというべきである。

六よつて、被控訴人の本訴主位的請求を認容した原判決は相当でないからこれを取消し、同請求を棄却し、被控訴人の右予備的請求を認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤和男 裁判官清水次郎 裁判官西村則夫)

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